企業とアスリート:第1回 日本体育施設

東京陸協はアスリ-トを支援する企業の紹介、社会への発信を通して、企業とパートナーシップを組み、アスリ-トのセカンドキャリアを支援します。

 「企業がアスリートを雇用する」と聞くと、まずテレビやCMでおなじみの人気スポーツ選手の顔が浮かぶ。競技実績、知名度、そして人気抜群のトップアスリートたち。当然ながら企業のイメージアップを見込まれての起用だ。

 そんな中、ブランド向上とは全く異なる視点から雇用する企業がある。「うちには広告塔は必要なかった。その費用があるなら、少しでも製品開発にお金をかけたい」。そう話すのは、日本体育施設代表取締社長の奥裕之氏。世間ではあまり知られていないアスリート雇用に対する企業側の本音や、思いがけない効果などを聞いた。


日本体育施設株式会社
代表取締役社長 奥 裕之氏

スポーツを「足元から支える」日本体育施設

 昭和46年創業の日本体育施設は、グラウンドづくりのプロとしてスポーツ施設の建設に取り組んできた。3代目社長の奥裕之氏は「当社は、各地の国体競技会場や、国際大会会場となる競技場のトラック、フィールドを施工してきました。選手が"安全で最高のパフォーマンスが発揮できるように"スポーツを足元から支えるのが我々の仕事です」と語る。

 同社の知名度が一気に上がったのは1991年。東京・国立霞が丘競技場で行われた第3回世界陸上だった。「わが社で製品開発した"高速トラック"で、数々の世界記録が樹立されました」。男子100メートルで史上初めて9秒台が6人出たり、今でも破られていない男子走り幅跳びの世界記録が出た大会として、世界的にも大きな話題を呼んだ。

 「その他にもJリーグが発足した1993年以降、芝の品質向上が求められて、水分調整型土壌システムを採用した天然芝フィールドを製品開発して、97年には屋根付きの本格的なサッカースタジアムを完成させました。人工芝に関しては、やり投げやハンマー投げなどの投てき競技が行える投てき競技対応型人工芝を世界で初めて製品開発しました」。記憶にも新しい、昨年日本中を沸かせたラグビーW杯。そこで採用された天然芝と人工芝をミックスした"ハイブリッド芝"の施工や、国立競技場のトラック・フィールド工事も手がけた。

広告塔ではなく、アスリートが働く意味、アスリート雇用の考え方

 「話題性のある製品開発や施設を手がけると、その情報が競技者にも伝わるのですね。それが雇用のきっかけになった事例があります」。
「サッカースタジアムの芝管理の仕事をやりたいと、元Jリーガーが門をたたいてきたんですよ。本人は園芸の勉強はしてきたと意気込んでいましたが(苦笑い)」。奥社長は繰り返す。

 「競技者にコストをかけて、広告塔に起用する発想は全くないんです。元Jリーガーの彼は当社ではアスリートのセカンドキャリアとして初めて採用されましたが、現場の知識も経験もない人が、技術だけでなく職人の感性も求められるハイレベルな仕事はできません。正直セカンドキャリアでは厳しい。しかし、彼は今、一人前のスポーツターフ管理者として活躍しています。選手には幼少期より、高いレベルで物事に集中して取り組んできた人が多く、彼も夢中になる性格、情熱の持ち主で、現場でボールを実際に蹴ったりして、選手の感覚としての意見も出したり、すごく重宝されています」。彼は日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンター・Jヴィレッジに派遣され、開催されるサッカー教室のサポート業務に見事マッチしたのである。

 「我が社はセカンドキャリアだけではなく、デュアルキャリアが選手のためにも必要だと考えています。仕事をしながら競技もしてほしいというのはすごく無茶に聞こえるかもしれませんし、種目によっては難しいものもあるでしょう。しかし、引退後も見据えてキャリアを積み上げていくことは、本人の人生設計にもよいでしょうし、仕事を通じての経験や学びが競技に活かせるところも多々ありますので、その考えに共感してくれるアスリートを採用したいと思っています」。

アスリート雇用から生まれた現場の一体感

 実際に現役のアスリート採用も行った。「職場と練習している大学が近いという理由もあって、初めてハンマー投げの知念春乃選手を採用しました(2019年4月現役引退)。彼女は学生チャンピオンでしたが、世間では当然あまり知られていません。一社員として、運動公園管理業務の現場に就いてもらいました」。大会期間中は出勤扱いにし、夕方からの母校での練習に参加するため時短業務を行った。

 「周りの社員たちから反感がないか、当時は気になりました。でもそれが意外とみんなあっさり受け入れてくれましてね。大会会場に社員たちが応援に駆けつけたり、一体感があって、驚きました」。「何より、本人が公園管理の現場の集会で新任の挨拶をした言葉に、みんなが強く胸を打たれたことがありました。彼女は、『仕事でも競技でも日本一になります!!』と言ったのです。弊社の社員だけでなく、公園の利用者もみんながその言葉で一瞬にして彼女のファンになってしまった。やっぱりスポーツ選手だな~と。己だけではなく、自然と周囲を巻き込んで、職場全体の士気を高めたのです」。

 アスリートを採用して良かったと強く感じた瞬間だった。

より良いものづくり、製品開発を目指して。アスリート雇用への期待

「ご縁があれば受け入れていきたいです。アスリートの雇用制度は徐々に整備はしていますが、今も行っているように、マネージャーをつけて柔軟に対応していきたいと思っています」と今後について見据える。「健康づくりも含めスポーツをするのはすべての人ですから、トップレベルで競技に深く関わる人が会社内にいると、より良いもの、良い製品開発ができると考えています。ユーザーの気持ちが分からないとダメですよ、アスリートの声を積極的に取り入れ、新たなグラウンドづくりにフィードバックする、それがアスリート雇用の目的です」。

 数少ない採用ではあるが、企業にとってアスリートは欠かせない存在であり、貴重な存在であることがよくわかる。私たち東京陸上競技協会は、「東陸アスリート応援プロジェクト」として、アスリートの処遇、待遇、環境、また、企業の発展へ貢献できるようこれからも「一人でも多くの人が陸上競技を楽しみ、そして関わり続けるために」事業活動を行っていきます。

日本体育施設のアスリート社員


走高跳 大田和宏選手
PHOTO:高橋 学

砲丸投 村上輝選手
PHOTO:高橋 学