今年の高校日本一を決めるインターハイの陸上競技が7月30日から8月5日まで、滋賀県彦根市の平和堂HATOスタジアムで開催された。入賞者が多数出た東京勢の中で、男子個人種目最高順位を取ったのが3000mSCの圓(えん)太喜(城西高3年)だった。8分49秒61の東京都高校新で2位。圓は1500mでも入賞が有力視されていたが、初日に行われた予選を通過できなかった。最終日の3000mSCに向けてどう立て直し、1500m予選の反省をどう生かしたのだろうか。
●「優勝しか見ていなかった」
頭を両手で抱えながらフィニッシュしたシーンに、圓の優勝への強い思いが現れていた。
「悔しいですね。優勝しか見ていなかったので、2位っていうのは負けなので。悔しいです」
圓の大会前の自己記録はインターハイ南関東予選で出した8分55秒19。今季高校リストでは5位だったが、トップ(8分53秒09)とのタイム差は小さかった。それに加え南関東予選のレースで圓は転倒していた。さらに1500mでも、4月に3分47秒84と今季高校リスト6位を出していた。3000mSC選手では最速タイムである。
だが、大会初日に行われた1500m予選を通過できなかった。3組12位の3分55秒79。3組のトップ選手には6秒10の差をつけられてしまった。
「力不足ですが、(位置取りなど)経験不足でした。最初から色んな人に反応してしまって、3周目くらいから一気に先頭の方に行きましたが、そこでかなり脚を使ってしまって。ラストスパートでは脚が残っていませんでした」
しかしその失敗で「3000mSCは優勝しか見ていません。1500mの悔しさを晴らしたい」と、最終日への思いを強くした。そしてレース展開も、1500mの位置取りで失敗した経験を生かしていた。
「落ち着いて集団に付いていこうと思っていました。みんな強いので集団は簡単にばらけません。後ろの方で力を貯めて、ラスト1000mから上げて行くレースプランでした」
1000m通過は2分58秒(非公式)で先頭との差は20mくらい、2000m通過は5分56秒(同)で15mくらいの差があった。ラスト1000mを2分秒53まで上げて、優勝した選手に0.97秒まで迫り、8分49秒61と東京都高校記録を更新した。

●初日と最終日の間の過ごし方
1500m予選が大会初日で、3000mSCは大会最終日。6日間のインターバルで2種目を走ることは、オリンピックや世界陸上ではあるかもしれないが、国内大会ではめったにない。2週にかけて行われる大会を除けば、今年から7日間開催となったインターハイくらいだろう。「その間の過ごし方や、練習でどんな調整ができるかで3000mSCの結果が変わってきます」。その期間が重要だと圓は自覚していた。
食事や睡眠、暑さに配慮した過ごし方をした上で、調整練習は「慎重になりすぎず、いつも通りを意識した」という。負荷の大きいポイント練習は1日だけ行った。「1500mの3日後に、400m4本のインターバルを行いました。あとはジョグと流しでつないで来ました」
おそらく圓は、調整練習で自身の調子を上向かせる能力が高い。「慣れない環境ですし、普段の生活でちょっと体の重さはありましたが、メンタルでは“調子が良い”と思っていました。言い聞かせていた、に近かったかもしれませんが、スピードを入れることで動きのキレは出てきました」
チームとしてのサポートも大きかった。城西高長距離ブロックのインターハイ出場者は圓1人だけだったが、3000mSCの経験がある中山隆長距離監督が圓の動きを見てアドバイスをした。後輩が1500mと3000mSCに分かれて滋賀に来て、圓の練習や生活をサポートした。8分49秒61は中山監督の現役時代の記録を超えるタイム。恩返しを果たしたといえるだろう。
●高2の不調を克服できた理由は日常生活
最後の1000mのペースアップはレース展開の工夫だけでなく、3年間の取り組みの成果が現れたからだった。
圓は小さい頃から複数のスポーツに取り組み、中学ではサッカーをしていたが、駅伝に借り出されたこともあった。高校から長距離に専念し、1年時には国民スポーツ大会少年B3000mで6位に入賞した。しかし高校2年時は「伸び悩んだ時期です」と、全国大会で活躍できなかった。3年生になった今季、1500mと3000mSCで全国トップレベルに戻ってきた理由を、次のように自己分析している。
「練習は特に変わったことをしているわけではないので、食事や睡眠など家での過ごし方、基本的な部分を積み上げた成果だと思います。一日一食はレバーを食べて貧血を防いだり、毎日9時半から10時には寝る生活もルーティーン化しています。高校入学時からやってきたことですが、3年になって成果が出てきました」
練習では「長い距離を不得意」としていたが、トラックシーズン後には駅伝も考慮して、5000mなど長い距離にも積極的に出場した。1500mに強いスピード型のランナーであるのは間違いないが、5000mでも昨年11月に14分24秒28まで記録を縮めている。「親のサポートや先生方のご指導がなかったら、ここまでの記録は出せなかったと思います」
レース直後には悔しい気持ちが大きかったが、3年間の競技生活を振り返ると違った感情も湧いてきた。
「優勝争いをできたことは、3年間の集大成として嬉しく思っています。勝ちも負けも、喜びも悲しみも味わった3年間でした」
秋シーズンの試合予定はまだ決まっていないが、卒業後も3000mSCを続けたいと言う。
そして高校生活の最後は駅伝で締めくくる。
「東京は強豪校揃いなのですが、今日の走りでちょっとはチームに勇気を与えられたかな。都大路(全国高校駅伝)が最終の目標なので、そこに向けて頑張って行きます」
3000mSCで同じ4組を走った拓大一の高林昊希(3年)と、駒大高の久保洋斗(2年)、東京勢としてともに全国大会を戦った2人が、駅伝シーズンではライバルとなる。

【執筆者】 : 寺田辰朗 寺田的陸上競技WEB

