日本選手権で躍動した東京勢【3】柄澤&諸田、同じコーチの指導を受ける男女棒高跳選手が風に苦しみながらも優勝。そろってアジア大会代表入り

第110回日本選手権が6月12~14日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムで行われた。大会初日の女子棒高跳は日本記録(4m50)保持者の諸田実咲(アットホーム)が4m25で、同2日目の男子棒高跳は柄澤智哉(東日本三菱)が5m50で優勝。2人ともアジア大会派遣設定記録(4m50と5m55)を日本選手権前にクリアしていたため、アジア大会代表に内定した。風への対応に苦しんだ2人の日本選手権での戦いと、柄澤の成長の理由を紹介する。

●同じコーチの指導を受ける2人

 大会1日目の女子の方が風は強く、方向も頻繁に変わっていた。木南記念で4m50の日本記録を跳んだばかりの諸田だが、5月5日の水戸招待、同10日の木南記念、同19日のアジア跳躍選手権と3連戦した影響で、「ヒザや腰に痛みが出て不安な状態」で日本選手権を迎えていた。

 それに加えて、田中成コーチが「風は過去一番のひどさ」というほど、強めの風が方向を変えて吹いていた。女子は4m以上の長さのポールを持って走るが、形状的に風の影響を大きく受けやすい。向かい風になれば助走スピードが落ちたりリズムが狂ったりするため、記録はどうしても低くなる。

 日本選手権の諸田は4m00、4m10、4m20と全て2回目のクリア。4m20で終わっていたら、大阪谷明里(愛媛競技力本部)に敗れていた。しかし4m25は1回目にクリアし、2回目だった大阪谷に競り勝った。

「アジア大会内定を決めることを一番の目標に臨んだので、それを達成できてホッとしているというか、良かったな、と思っています。向かい風が続く難しいコンディションの中で、風が落ち着いたタイミングを逃さないよう集中して、4m25を1本目で跳んだことが優勝につながりました」

 大会2日目の男子は、女子に比べれば風は弱かったが、それでも風向きが変わり選手たちを苦しめた。そのなかで柄澤は5m20、5m40、5m50を全て1回目でクリア。5月16日の東日本実業団で、5m66の自己記録を跳んだ好調さを持続させていた。他の選手は1回目で跳べない高さが多く、「風の向きなど運要素もあったと思うので、そこは感謝したいと思います」と柄澤自身も話していた。

 しかし5m60では、風の影響が出てしまったと田中コーチは見ている。

「理想は向かい風でも同じリズムで助走をすることですが、5m60の1・2本目は向かい風で、柄澤はリズムを変えてしまいました。3本目が追い風になったときにいつもの刻み方をすればよかったところを、1・2本目のリズムになってしまい、しっかり踏み切ることができませんでした」

 5m60は挑戦した5人全員が跳ぶことができなかった。条件が悪かったことは事実で、5m50までの高さで失敗試技ゼロだった柄澤の優勝が決まった。

 柄澤は3年ぶりの日本選手権優勝で、代表入りも3年前のブダペスト世界陸上以来。3年ぶりということでは諸田の日本記録更新も、銀メダル(4m48)を獲得した23年の杭州アジア大会以来だった。

●競技への向き合い方が変わった柄澤

 同じコーチの指導を受ける棒高跳選手の男女同時優勝は、厳密なデータはないが珍しいケースであるのは確かだろう。諸田が第一人者のポジションを固めているのに対し、柄澤が今季成長したことで男女同時優勝が実現した。

「大坂谷さんも田中コーチの指導を受けていて、昨日の女子がワンツーを取ったので、自分もやらないと、とスイッチが入りました。男女で違いはありますが、同じ競技者として切磋琢磨をして、どんどん上を目指していきたいと思います」

 諸田が何年も前から世界を目指して来たのに対し、以前の柄澤は界を目指す意識が低かった。「3年前の日本選手権優勝時も世界陸上は正直、視野に入っていませんでした。世界陸上代表になっても“すごく嬉しいな”で終わっていましたし、ブダペストでは海外選手たちに圧倒され過ぎて、記録なしに終わっても悔しいという感情がありませんでした」

 しかし周りから世界陸上どうだった? と聞かれているうちに、「ちゃんとしなきゃ、っていう自覚も徐々に芽生えてきました」。卒業後にNTC(ナショナルトレーニングセンター)で練習するようになり、十種競技の丸山優真(住友電工)らと顔を合わせる機会が増え、競技への向き合い方が変わってきた。昨年の日本選手権で記録なしに終わったことも、競技への意欲を大きくした。

「すごく悔しくて、来年はやり返すと心に決めました。冬期練習もケガなく全部やりきれたので、力をつけて跳べるようになりました」

 柄澤の特徴、ストロングポイントはどんなところにあるのだろう。体格に恵まれているわけではないし、助走スピードが特別速いわけでもない。だが田中コーチは「助走を100%ポールに伝えられる選手」と説明する。「ポールを曲げたところから、反発をもらって打ち上げるところが、今の日本選手にはないものを持っています」

 学生時代までとは競技に取り組む意識が変わったことで、体も一回り大きくなり、助走スピードも以前と比べれば上がっている。「競技に対して一生懸命になれば6mに一番近い」(田中コーチ)という期待もできる選手に成長している。

●アジア大会では2人とも日本新記録での金メダルが目標

 男女の代表選手3人をアジア大会に送り出す田中コーチは、男女を指導することのメリットは「特にないのでは」と言う。

「世界で一番戦っているのが諸田で、彼女の跳躍練習やスプリント練習を見て、大坂谷や柄澤が感じるものが何かあるのかもしれませんが、柄澤に関してはNTCで練習する他種目の男子選手たちから受ける影響が大きいように感じます。メニューの組み方は男女で違いますし、指導ということでは男女は関係なく、選手とコーチは“人と人”としてコミュニケーションをどうとれるか、だと思います。指導者がどんなアドバイスができるか、選手がそれをどう理解するか。高く跳ぶのに重要なのはそこだと思います」

 アジア大会でのライバルは、男子ではアジア人唯一の6mジャンパーであるE・J・オビエナ(フィリピン)と、5m86の中国記録を持つ黄博凱(中国)の名前が挙げられる。女子では前回金メダルの李玲(中国)は引退したが、昨年4m65を跳んでいる牛春格(中国)が最大のライバルだ。

 諸田も柄澤も、怯む様子は少しもない。

「今年はアジア大会を一番の目標にやってきて、優勝を目標にしています。中国のトップの人がかなり強いのですが、そこに食らいついて勝てるくらいの力を、この夏でもう一段階付けて、アジア大会に臨みたいですね。優勝するには4m60が必要だと思っています」(諸田)

「いつもやっている助走のリズムが今回、(5m60では)まったくできませんでした。そこのバラつきがないようにして、安定して跳べるようにすることが課題です。記録も日本選手権で5m80狙っていました。アジア大会では日本記録(5m83)を跳んで金メダルを狙って行きます」(柄澤)

 アジア大会の競技日程は女子棒高跳が9月25日、男子棒高跳は29日に行われる。日本選手権と同じように諸田が結果を残せば、柄澤も続く雰囲気が“チーム田中”にはできている。

写真は“チーム田中”のメンバー。左から女子棒高跳2位の大坂谷、女子棒高跳優勝の諸田、男子棒高跳優勝の柄澤、田中コーチ<写真提供:田中成コーチ>

執筆者】 : 寺田辰朗         寺田的陸上競技WEB