日本選手権で躍動した東京勢【1】五輪&世界陸上金メダリストの北口が5投目に62m86の逆転スロー。今季の課題に北口はどう向き合っているのか

第110回日本選手権が6月12~14日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムで行われた。女子やり投では北口榛花(JAL)が62m86で2年ぶり5回目の優勝を果たし、9月に名古屋で開催されるアジア大会代表に内定。2位にも武本紗栄(オリコ)が61m74で入り、東京陸協登録選手が1、2位を占めた。昨年の東京世界陸上で予選落ちした北口は、今季からコーチを変更し、男子世界記録保持者のヤン・ゼレズニー氏の指導を受けている。投てき技術を変更している最中で迎えた日本選手権で、どんな課題が見られたのだろうか。

●ゼレズニー氏の特徴だった“右左”局面の技術

 5投目のフィニッシュで北口は少し右側に倒れ込んだ。それまでの4回の試技にはなかったことだが、距離は62m86と一番伸び、4位からトップに立った。自身の日本記録(67m38)からは開きがあるが、北口自身が持つ大会記録(63m68)に迫り、そのまま逃げ切ることができた。

 競技後の取材で北口は、試技内容を次のように振り返った。

「1回目は最近の傾向でもあるんですが右に飛んでしまい、2投目は(丁寧に)そろりと投げて59m21。この感じで59m行くなら絶対投げられる自信になりましたが、3・4投目はちょっと捻りを足したり、スピードが止まらないようにしたり、色々考えながら投げていました。5投目で考えないといけないことを少し減らして、ようやく試合の感じで投げられました」

 技術面では特に、助走最後の局面で“右左”と脚を着くところを課題に挙げた。

「今はとにかく“右左”を速く着きつつ、上体を後ろに残すところに取り組んでいます。進みながらも速く着くことをやりたいのですが、たぶん今日は進み足りません。(現役時代の)ヤンの“右左”は誰もが目指す“右左”だと言われていて、それを自分にも授けてくれようとしているのだと思います」

 “右左”局面の技術をどこまで習得できるか。そこが今後の北口の記録に大きく影響しそうだ。

●右側にやりを残すことができていない理由は?

 しかし“右左”局面の技術で速さを求めることは、北口の特徴と両立させることが難しい部分でもある。北口の学生時代に日大監督だった小山裕三氏(現佐野日本大学短期大学学長)は、日本選手権の北口の投てきを以下のように分析する。

「最後の“右左”でしっかりした投げの構えができていません。日本選手権の62m86の投てきは、投げた後に左脚の軸に乗ることができず、右脚の方に体が折れてしまうようなフィニッシュの仕方でした」

 北口の特徴は「柔軟な体を生かし、捻って右側にやりを残すところ」だが、今は速さを求めているため、「しっかり残して投げの準備をするところができていない」と小山氏は指摘する。

「日本選手権の62m86も、北口本人は思い切って投げられた感覚はないと言っていましたし、私もよくあの投げで62m行ったな、と思います」

 それでも62m86を投げられるのは、北口の勝負強さが発揮された結果だろう。日本女子フィールド種目初のメダル(銅メダル)を獲得した22年オレゴン世界陸上も、金メダルの23年ブダペスト世界陸上も、最終6投目で逆転して快挙を達成した。“逆転の北口”は世界の投てき関係者、ファンの間でも知れ渡っている。

 それを可能としているのは北口の集中力やプレッシャーへの強さだが、日本選手権では「5投目で考えないといけないことを少し減らして」と北口自身が話したように、技術的なポイントを的確に絞り込む能力も発揮された。どの種目でも言えることだが、全力を出している動作の最中に意識できるポイントは少ない。

 日本選手権の北口は“右左”の技術は未完成でも、この日できる最良の動きを4回目までの試技の中で見つけることができていた。

●短助走では北口の良さは失われていない

 今の北口には新技術の習得過程という側面の他に、ケガからの復帰という側面もある。昨年6月に発症した右肘内側上顆炎の影響で、昨年9月の東京世界陸上は本来の投てきの形にまとめることができずに予選落ちした。

「痛みはありませんが動きの後遺症みたいな部分が多分あって、かばって投げていたことで動きがズレています。それを自覚したのが一昨日とか直近だったので、日本選手権には間に合いませんでした」

 その状態であっても小山氏は、北口の良さ自体がなくなっているわけではないと言う。スピードが出る全助走(北口の場合は16歩)ではできていないが、「(歩数を減らした)短助走では、やりを右側に残す動きができています」と小山氏。

「スピードを出す中でも、北口の一番の良さを残せるかどうかが勝負になってきます。ゼレズニー・コーチからはスピードに慣れるように言われているそうです」

 もともと北口は練習よりも、試合の方がかなり助走が速くなる。練習では距離が出ないが、試合になると10mくらい違ってくることもある。練習で繰り返した動きを、スピードが増す試合の中でもできる選手なのだ。短助走でできているのであれば北口なら、全助走でもできるようになる可能性は大きい。

 北口本人も「もうちょっと体も後ろに残せるはずですし、下半身ももう少し進められるんじゃないかと思います」と日本選手権の競技後にコメントした。

 スピードを上げた“右左”の技術が完成に近づいていけば、北口のやりに再び世界を狙う勢いが戻る。

写真は今年3月に、ゼレズニー氏の指導を受けるために南アフリカに出発した時の北口

執筆者】 : 寺田辰朗         寺田的陸上競技WEB