【アジア大会で輝いた東京勢④】北口榛花&武本紗栄 女子やり投で北口&武本が銀&銅メダル。名古屋で交錯した2人の軌跡

 アジア大会の陸上競技が9月23~29日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムをメイン会場に行われた。27日の女子やり投では北口榛花(JAL)が62m70で銀メダル、武本紗栄(オリコ)が62m15で銅メダルを獲得。70m46の大会新を投げた嚴子怡(中国)の圧勝を許したが、日本勢の複数メダルは44年ぶりの快挙でもあった。アジア大会では同じ62m台を投げた2人だが、ここまでの軌跡は大きく異なる。2人はどんな思いで名古屋の表彰台に上がったのだろうか。

●直前日本新の調子を維持できなかった北口

 北口はアジア大会15日前に68m92と、自身の持っていた日本記録(67m38)を3年ぶりに更新し、今季から始まったアルティメット世界選手権に優勝した。今年5月に71m74の世界歴代2位、アジア記録を投げた嚴を87㎝差で破ってみせた。

 しかしアジア大会では1回目に嚴が70m46を投げたのに対し、北口は3回目まで57m16とエンジンがかからない。ベストエイトに入った時点では5位だった。4回目に61m89を投げて2位に浮上し、得意の6回目で62m70に伸ばして銀メダルを獲得したが、完敗といえる結果に悔し涙があふれた。

「自分のなかでも期待感があっただけにすごく悔しいですし、何より彼女をひとり旅させてしまった、勝負ができなかったことが一番悔しいです。日本記録を投げても課題がいっぱいあって、もっと投げられる自信もあっただけに、このような結果に終わってすごく悔しいです」

 助走がよくなかったという。4回目以降は「やっと少し、力感を入れて投げられるようになった」が、3回目までは「止まってしまう部分」が多かったという。

「それが自分の力みのせいなのか、雨への対応力がなかったからなのか、自分のクセが戻ってしまったものなか。まだ整理しきれていませんが、3投目までは思いきり投げることができませんでした。構えも作れなかったですし、助走距離的にも走れているはずなのですが、あまり進んでいないように見えると(コーチから)ずっと言われ続けていました。自分の感覚とずれている部分が今日は多かったのかな、と思います」

 北口は21年の東京五輪12位、昨年の東京世界陸上予選落ち。「戦う力はあるのに投げられない地元大会が続いていて、今回も記録的にはあまり良くない」と、日本開催の国際大会で投げられない自身を嘆く。

 だが22年オレゴン世界陸上で銅メダルを獲得して以降、23年ブダペスト世界陸上金メダル、24年パリ五輪金メダルと、北口は日本人として女子フィールド種目歴代最高の成績を世界で残してきた。世界トップ選手だけが参加するダイヤモンドリーグでも、何度も優勝した。

 今回自己記録近くを投げられていたら、負けても嚴の“ひとり旅”とはならず、悔し涙はなかっただろうか。それはわからない。だがアジア大会銀メダルでも悔しさしかないのは、「金メダルの素晴らしさを知っているから」だろう。

 北口は国内国際大会で失敗した翌年には、女子フィールド種目初のメダル獲得や日本記録更新など、自身の成長につなげている。名古屋で流した涙も、決して無駄にはしない。

●武本は“ノーアーム”を意識して6回目に3位浮上

 北口とは対照的に、取材エリアに現れた武本は笑顔だった。

「素直に、とってもうれしいです。自己ベスト(62m39・21年)を目指していましたが、すごい皆さんが好記録を投げてきた中で、自分も負けず、自分に集中して投げられて、成長を感じました」

 5回目までは58m00の6位にとどまっていたが、6回目に62m15と5年ぶりの62m台を投げて3位に浮上した。

「5投目までもやってきたことを信じて、考えすぎずにやっていましたが、試合のときに出る新たなエラーみたいなものが出ていたので、本当は修正しながらだったのですが、最後はもうやるしかない、その気持ちだけで投げました」

 具体的には腕の振りを考えずに試技を行ったという。

「シーズン初めから課題にしてきた助走が悪い力みもなくスムーズで、反発をもらいながらリラックスして進めていました。助走はもう言うことがなかったと思います。ただ最後に投げ出す角度が、日本選手権が終わってからの大きな課題になっていて、そこを思えば思うほど歪んでしまうんです。最後はコーチがよく言う“ノーアーム”ということを意識しました。私は腕を振れることが良い部分なので、腕のことは置いておいて、パワーがもらえる下半身の動きを意識して“ノーアーム”で投げました」

 今季の武本は試技終盤の5~6回目に、その日の最高記録を投げることが多い。日本選手権は8番目でベストエイトに進む危ない橋を渡ったが、5回目に61m74を投げて2位に入った。8月の富士北麓ワールドトライアルは、5回目まで56m台を4回続けていたが、6回目に60m94とアジア大会と同じように4m以上記録を伸ばした。

 前半から良い記録を投げられるのに越したことはないが、終盤でやるべきことを絞って記録を伸ばすことも、勝負強さにつながる。その強さを武本が身につけたことで、44年ぶりの日本勢複数メダルが実現した。

●オレゴン世界陸上のダブル決勝進出から4年

 北口と武本は22年オレゴン世界陸上でも、北口が銅メダル、武本が11位とダブル・ファイナリストを実現させていた。

 北口はそこから23年ブダペスト世界陸上金メダル、24年パリ五輪金メダルと世界のトップへ駆け上がった。15年のU18世界陸上金メダルなど、北口自身が高校時代から世界大会で結果を出していたのに加え、オレゴン世界陸上の段階ですでに、強化体制も世界を目指す流れを構築していたなかでの銅メダルだった。

 それに対し武本は、オレゴン世界陸上を「私も若くて、本当にベイビーだったので、決勝に“行っちゃった”」だったと振り返る。高校、大学と世代別大会の全国1位は取っていたが、18年のU20世界陸上は予選落ち。シニアの代表はオレゴン世界陸上が初めてだった。

「世界を感じて、自分より上の人たちを目の当たりにして衝撃を受けました。体ももっと大きくしないとダメだし、競技に対してもっと集中してやらないといけない、と感じました」

 その後の国際大会は23年アジア大会が6位(55m39)、25年の世界陸上は予選全体で30位(55m11)と振るわなかった。

 自己記録はオレゴンの前年に投げた62m39だが、その後のシーズンベストは60m84(22年)、57m23(23年)、61m41(24年)、60m51(25年)と停滞が続いた。22年のオレゴン世界陸上が“行っちゃった”決勝なら、21年の62m39は“出ちゃった記録”だったのかもしれない。その後の4年間は停滞ではなく、成長に向けての試行錯誤の時期と位置付けられそうだ。

「ステップ・バイ・ステップでここまで来られましたし、(アジア大会は)メダルは取るつもりで来ましたが、本当に成長しました。オレゴンは(何もわからず)楽しいだけでしたが、今は(いろいろわかって)大人になってきました」

 北口は日本記録を更新した直後だったが、助走の課題が明らかになって62m70の銀メダル、武本は成長を実感できる62m15(5年ぶりの62m台)で銅メダル。1学年違いの2人の軌跡がアジア大会で交錯し、44年ぶりのダブルメダルという形になった。

●目指す記録に対する2人の考えは?

 今後の2人が目指す記録は、北口は世界で過去6人しかいない70m。武本は27年北京世界陸上標準記録の63m40になる。

 北口は70mについて「今の私の実力では、いろんな条件が噛み合わないと出すのが厳しい状態で、そこが(2回70mを投げている)嚴選手とはタイプが違うので難しいところ。まだ土台が足りないという言葉に尽きます」と現状を分析。

 今季からコーチになったヤン・ゼレズニー氏(男子やり投世界記録保持者)は、「あれをやってみたい、これをやってみたいとたくさん言ってくれている」といい、自身も「やってみたいことがたくさんある」という。

「(ゼレズニー氏とのコンビが)まだ始まったばかりの段階で日本記録を出せて、アルティメットという舞台で勝つことができました。去年はケガで思うような成績を残せませんでしたが、まだ私は世界と戦いたい、という意思表示をできたと思います。自分もコーチもノビシロをすごく感じている1年だったので、来年、再来年に成果を出せるようにしたいです」

 武本は「(標準記録の63m40)が見えてきました、と言いたいですけど、60mを越えてからの1mは、近いようで遠い」と慎重だ。伸び悩んだ武本らしい考え方だったが、「今までの感覚よりもガツンと行っていい、もっと思い切って行っていい、というのがわかりました。行きそうですね」と、これまでとは違う手応えも感じている。

 北口は最後に「今回武本選手と2人でメダルを取れたのは大きなこと。今の日本はやり投の強豪国と言っていいと思うので、日本全体でまた世界と戦えるように頑張りたいです」と話して取材ゾーンを後にした。武本の記録はまだ世界と差があるが、オレゴンで勝負強さを見せたように、世界で戦える選手だと北口も感じているのだろう。

 名古屋アジア大会で交わった2人の軌跡が今後、どんな描かれ方をするのか、注目していきたい。

【執筆者】 : 寺田辰朗         寺田的陸上競技WEB