【日本選手権2025東京勢レポート5】男子100mはベテラン桐生、男子400mは新鋭の今泉が優勝。2人が国立競技場で見せたスプリント人生の局面とは?

今年の陸上競技日本一を決める日本選手権が7月4~6日、東京・国立競技場で男女34種目が行われた。男子100mは桐生祥秀(日本生命)が10秒23(+0.4)で、男子400mは今泉堅貴(内田洋行AC)が45秒29で優勝。男子短距離3種目は、200mも鵜澤飛羽(JAL)が勝ち東京勢が優勝を独占した。桐生は日本人初の9秒台(9秒98)を17年にマークした選手だが、今の100mで勝ち続けることは難しい。日本選手権も5年ぶり3度目の優勝で、レース後には涙も見られた。今泉は自身を、近年の4×400mR代表チームで世界と戦ってきた3選手に対して、一段下に見てしまうところがあった。4×100 mR代表として活躍してきたベテラン桐生と、4×400mR代表になっても本番を走れていない新鋭の今泉。2人の競技人生の、どんな局面が表れた日本選手権だったのだろうか。

●桐生は競技人生初めての嬉し涙

 2~4位は10秒28の同タイムという大混戦だったが、今年30歳になる桐生祥秀が体1つ前に出ていた。ベテランの何がその走りを可能にしたのだろうか。

「準決勝のミス(3組2位10秒21・-0.1)は起き上がるタイミングが、雨もあって狂ってしまった場所があったんです。決勝はどっちの天候でも対応できるようにしました。速いタイムではありませんでしたが、しっかり勝ちきることが日本選手権では大事なことでした」

 修正能力だけでなく、ベースとなる走力自体がここ数年で一番上がっている。悩まされてきたアキレス腱痛を気にすることなく、冬期練習を積み重ねられたことが大きかった。

「ハードルジャンプやバウンディングは、19年くらいからちゃんとできなかったのですが、そのトレーニングをすることで一発の力が違ってきます。今年から厚底スパイクに変えているので、ジャンプ力が薄底時代よりも大事なのかもしれません」

 そのトレーニングの成果は、一歩一歩のストライドに現れるはずだ。「最近は47、48歩を行ったり来たりなので、しっかり47歩でゴールしたい」。1歩減らすには2㎝のストライド増が必要になる。それなりに大きな違いになり、それはタイムにも現れるはずだ。

 4×100mRでは3走として日本のメダル獲得に何度も貢献してきたが、個人種目代表になる日本選手権3位以内、または2位以内に入れないシーズンも何度かあった。桐生は5年ぶりの優勝に涙を流したが、その理由を「トレーナーさんや小林(海)コーチの涙を見て、グッと来てしまいました。いつも悔しくて涙を見せてきましたが、中学から陸上やっていて初めて今日、嬉し涙を流した気がします」と明かした。

●今泉は「前3人に心の中から勝ちに行く」レース

 男子400mは佐藤風雅(ミズノ)が最初にフィニッシュラインを通過したが、内側のラインを踏んだため失格し、今泉堅貴が45秒29と自己記録を0.25秒更新して優勝した。2位には広尾高出身の田邉奨(中大2年)が入り、東京勢がワンツーフィニッシュを果たした。

 今泉はレースを振り返って次のように話した。

「200mまで楽に行って、200~300mまでもしっかりスピードをキープできました。ラストは堪えることになりますが、前を風雅さんが走っていても、少しゆとりを持ちながら300mを通過できたことで、最後の100mも動きを崩さずに走ることができました」

 23年はブダペスト世界陸上4×400mRメンバー入りしたが、出番は回ってこなかった。昨年は5月の世界リレー選手権混合4×400mRに出場したが、日本選手権で予選落ちしてしまいパリ五輪代表に選ばれなかった。

 日本の男子400m勢は近年、佐藤拳太郎(富士通)と佐藤風、中島佑気ジョセフ(富士通)を中心に世界に近づいて来た。22年オレゴン世界陸上では4×400mRが2分59秒51のアジア新(当時)で4位に入賞。23年ブダペスト世界陸上400mでは決勝進出はできなかったが、佐藤拳が44秒77の日本新、佐藤風が44秒88の日本歴代3位をマークした。昨年のパリ五輪でも4×400mRは2分58秒33のアジア新で6位に入賞した。

 リレーの代表選考に関していえば、今泉の優勝タイムは4×400mR世界陸上リレー候補競技者基準記録とピタリ同じ。代表入りは確実になっている。また優勝したことを今泉自身、「勝ち癖はアスリートとして大事なこと」ととらえている。

「2年間リレーの日本代表として派遣していただいていましたが、力になりきれていない部分が多いと思っていました。日本選手権でもこれまでは、前の3人(佐藤風、佐藤拳、中島)に対して“心の中から勝ちに行くぞ”、というレースができていなかったのですが、今年はその弱い気持ちを振り払って、しっかり1位取りに行きました」

 佐藤拳と中島が故障明けのレースで、佐藤拳が予選落ち(46秒36)、中島も4位(45秒81)と振るわなかったが、今泉にとっては「小さな一歩ですが、メンタル的に前を向いていける結果」の日本選手権になった。

●2人の代表入りへのプロセスは?

 桐生も7月23日のオーストリアの試合で予選10秒08(+1.3)、決勝10秒07(+0.4)をマーク。4×100mRの世界陸上リレー候補競技者基準記録を破った。今泉同様リレーの代表入りは確実になった。

 では桐生と今泉の2人が今後、どんな戦績を残せば個人種目で東京世界陸上代表に入ることができるのだろうか。両種目とも日本選手権入賞と標準記録(10秒00と44秒85)突破の条件を満たした選手不在で内定選手はいない。

 個人種目で代表入りするには2人が今後、8月24日までに標準記録を破れば、その時点で確定する。日本選手権入賞者で標準記録突破者が0~2人の場合は、8月25日以降に確定するRoad to Tokyo 2025(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)の世界ランキング部分で、2人が出場選手人数枠(48人)に入った場合も、日本選手権の優勝が効いて代表が決まる。

 開催国枠エントリー記録は10秒11と45秒38。今泉は日本選手権で、桐生もオーストリアの試合で突破した。両種目とも標準記録突破とRoad to Tokyo 2025で出場資格を得た選手が現れなければ、桐生と今泉が代表入りする。だが100mはすでにサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)と高校生の清水空跳(星稜高2年)が標準記録を破っているので、地元枠が適用されることはない。

 400mは7月26日時点で佐藤風がぎりぎり、Road to Tokyo 2025で出場人数枠の48位に入っている。しかし地元枠は開催国枠エントリー記録より、Road to Tokyo 2025の48位“プラス10”まで広げた58位以内の方が選考の優先順位が高い。佐藤風や、現在好位置につけている佐藤拳が58位以内に入っていれば、開催国記録突破の今泉より優先される。

 桐生はオーストリアの2本のポイントがRoad to Tokyo 2025に反映されれば、出場枠内に入るのではないかと予測されている。それに対して今泉は、標準記録を狙うレースに出場する予定だ。

「44秒85の標準記録を破って出なければ、相手にもされません。残りの1カ月で記録を狙って行きます」と今泉。嬉し涙を流した桐生も「安心するのは今日だけ」と兜の緒を締める。「8月は富士北麓ワールドトライアル(8月3日)とAthlete Night Games in FUKUI(8月16日)で10秒00を狙います」

 桐生も今泉も日本選手権優勝が、代表選考で有利に働くポジションにいる。あとは標準記録突破に邁進する。

執筆者】 : 寺田辰朗          【執筆者のWEBサイト】 : 寺田的陸上競技WEB